最近写真を始められた方には何のこと?と言われてしまいますが、昔は風景写真と言えばリバーサルフィルム(スライドフィルム)を使うのが当たり前、と言ってもよいくらいの世界が存在していました。

 どこでも買うことができたカラーネガのフィルムではなく、専門店に行かないと買えず、また値段も一般のフィルムの何倍もした、ある意味特殊なフィルムを使うことで満足感を感じていたともいえる人々が存在しました。もちろん私もその一人。リバーサルフィルムはプロ向けフィルムとも言われていたので、アマチュアカメラマンにとっては少しは初級者レベルを脱した気分になることができたことも人気の一つだったかもしれません。

 その風景写真を趣味として楽しむ人々に絶大な支持を得ていたのがフジフィルムのベルビアというフィルム。何とISO50という低感度であるがゆえに、極彩色、コントラストもとても強く表現されくっきり、カッチリという写真が撮れる、というのがベルビアの特徴でした。人によっては非現実的な色の出方と嫌うケースもありますが、私個人としては、PLフィルターとの組み合わせによって、非現実的な色合いになる部分は承知の上で、それでもやはり風景写真を撮る楽しみを存分に感じさせてくれるフィルムでした。そこには間違いなくデジタルカメラとは違った写真の楽しみ方がありました。

 街で見かける旅行や観光地案内の写真で気になるケースが以前より本当に増えました。特に某鉄道会社がホーム内で出している旅行ツアーのポスターで使われる写真はあまりに加工レベルがきつく(色合いやコントラストをいじりすぎて)とても私の好みには合わないものを特に紅葉や新緑期の写真で見かけます。マーケティングの観点からすれば、多くの人にきれいな風景、場所と思ってもらえる写真を掲載して、ここに行ってみたいと思ってもらう必要があるので、そのように写真を加工したくなる気持ちはとてもよくわかります。今どきで言えばインスタ映えする写真もその系統にありますから。

 でも私はとても心配になるのです。何がかと言えば、そのような広告写真を見て、きれいな場所だ、行ってみたい、となった方がその場を訪れて、写真で見た風景と現実が違った時に大きな失望を味わうのではないかと、ということをです。

 もちろん早朝やめったに遭遇しないような天候時のプロカメラマンの撮った写真であれば、自分がそこを訪れた際に違う、と感じたとしても、それほど違和感を感じる人はいないのではないでしょうか。さすがプロが撮る写真はすごいね、という意識に多くの方がなるように私には思えます。

 ところが一部の広告写真はそのような場面ではなく、普通に一般の人がいけるような時間帯に撮ったと思える写真を用いて観光写真としているがゆえに、私は心配になります。

 写真を加工して芸術作品に仕上げる、というプロセス自体はとても大事なものです。そしてその仕上げ方は人それぞれなので、私のようなレベルの人間がとやかく言えるものではありません。派手な感じに仕上げるのが好きな方もいれば、地味な感じに仕上げるのを好む方もいらっしゃるでしょう。場合によってはモノクロの世界で表現する人もいるわけですが、何が良いかは本当にその人の判断によるので、甲乙つけることは私にはできません。だからこそいまでもアンセル・アダムズの撮ったモノクロ写真が高く評価され続けるのではないでしょうか。

 そのような時代にあって、私自身の好みは、派手目な発色、高いコントラストのものが好きですが、デジカメで撮影した写真を現像処理する段階で、どのような色合い等にしていくか、という部分は経験すればするほど気持ちが乗らなくなってきています。個人的な志向として、現場で見た心象風景を可能な限りそのまま再現したい。そのうえで誰が見てもその場所に行ってみたい、と思ってもらえるような一瞬を切り取っておきたいのです。そうすると、週末に撮影旅行に行き、その日の夜にすべてのデータチェックとRAW現像の処理を終わらせることができればまだよいですが、泊りがけの撮影旅行に行ったときはやはり撮影枚数もかなりになることもあり、現像処理をする際にも、どの程度の調整をすれば、その時に自分の目で見ることができた現場を可能な限り実際に近く再現できるかがわからなくなってしまうのです。

 コンテストに応募するのであれば調整の方向性も決まってくるものでしょうが、私の場合はそれが目的ではないため、あくまで現実に見てきた光景を思い起こしながらの現像です。もちろん、時間が経っているし、モニターで見る色によって、現実よりもそれが強いインパクトをもたらすことにより、自分の見たかった色を出していってしまう、という傾向があるのも否めません。

 そうするとそのあと月日が経ち、1年、2年が過ぎ去っていくと、あの時見た色は本当にこの色でよかったのかな、とどうしても心配というか不安になってしまうのが私のパターンなのです。

 ある意味変わり者なのでしょう。

 人に見てもらうためのきれいな発色の写真を残したい、という思いと自分が現場で味わった、感動した色合いをいつまでも残しておきたい、という気持ちがどうにも一致しない、という状態が生まれるのです。

 悩んだ結果の私の結論は、リバーサルフィルムへの回帰でした。

 そしてやはりフィルムはベルビアです。もちろんベルビアが実際に自分の目で見た色を忠実に再現しているとは言いません。特にPLフィルターを使っていればなおさらです。ですが、自分にとっては現実にその場で見た心象風景をベルビアの相性が何よりも良いのです。好きなのです。その思いをいったん持つことができれば、何年か経った後にその写真を見返した時にも、ああ、あの時はこんな場所にいたのだな、こんな色を見ていたのだな、と確かな気持ちで思い返すことができるのです。

 デジカメのデータファイルでも、そしてプリントアウトした紙焼きのものでも味わうことができない感覚なのです。

 本当に個人の趣味の世界ですね。

 でも一度それは嘘か本当か、風景写真を楽しむ人にはやってみてほしいと切に願っています。そしてもしその中でお一人でもお二人でも私と同じような感覚を持つことができたという方が現れたら、語り合いたい、というのが私の一つの夢でもあります。

 どなたかリバーサルフィルムに調整してくださいませんか!